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花魁の髪型

花魁体験

美しさと覚悟を映す、日本髪の世界

美しさと覚悟を映す、日本髪の世界

花魁の髪型について

花魁の姿を思い浮かべたとき、豪華な着物や化粧と並んで、ひときわ印象に残るのが 華やかな日本髪 ではないでしょうか。
花魁の髪型は、単なる装飾ではなく、身分・経験・覚悟 までも表す重要な要素でした。

■花魁の髪型は「地毛結い」
江戸時代の花魁は、地毛(じげ) を使って髪を結っていました。
現代のようなウィッグはなく、長い時間をかけて髪を伸ばし、油で整え、形を作っていたのです。
そのため、髪を美しく保つこと自体が、花魁にとっては大きな努力と誇りでもありました。

■花魁を象徴する「兵庫髷(ひょうごまげ)」
花魁の髪型として最も有名なのが兵庫髷(ひょうごまげ) です。
高く結い上げた髷に、
前後左右から豪華な簪(かんざし)を挿し、左右には揺れる 三段ビラ。
この華やかな装いは、遠くからでも花魁だと分かるようにするためのものであり、同時に 高位の遊女である証 でもありました。

■現代の花魁体験における髪型
現代の花魁体験では、当時の雰囲気を大切にしながら、ウィッグを使用して再現しています。
これにより、
・首や身体への負担を抑えつつ
・美しいシルエットを再現し
・初めての方でも安心して体験できる
という形が実現しています。
伝統を尊重しながら、現代ならではの快適さを取り入れたスタイルです。

代表的な兵庫髷

■勝山髷(かつやままげ)
江戸時代初期、吉原で人気を博した 勝山 という遊女がいました。
勝山はもともと、違法とされていた湯女として働いていましたが、そのことで捕らえられ、のちに吉原へ移り住むことになります。
その後、勝山は頭角を現し、ついには当時吉原で最高位とされた 太夫 にまで上り詰めました。
彼女は遊郭の中だけでなく、一般の女性たちからも高い人気を集めていたといわれています。
目立つ 外八文字の歩き方 をはじめ、勝山自身が考案したとされる 勝山髷(かつやままげ) は、上品で美しい髪型として評判となり、多くの若い女性たちがこぞって真似をしたそうです。
なお、この勝山髷は、江戸中期には遊女の間で広く用いられるようになり、やがて形を変えながら名称も変化し、丸髷 と呼ばれるようになります。
そして江戸後期以降には、既婚女性の髪型として定着し、より広い層へと浸透していったと伝えられています。

■伊達兵庫髷(だてひょうごまげ)
花魁の髪型として、多くの方が真っ先に思い浮かべるのが伊達兵庫髷(だてひょうごまげ) ではないでしょうか。
後頭部で左右二つに分かれた髷を、耳のように上へと高く伸ばした、非常に華やかで存在感のある髪型です。
さらに、その二つの髷を横へ大きく広げた形は横兵庫(よこひょうご) と呼ばれ、吉原の花魁たちに多く見られた髪型でした。
かつて、遊女の最高位である 太夫 が存在していた時代には、太夫は伊達兵庫髷を結っていたといわれています。
その後、一時的に伊達兵庫の人気は衰え、島田髷や勝山髷が主流となっていきましたが、再び注目を集めるようになります。
復活した伊達兵庫髷は、島田髷や勝山髷と同様に、時代とともに少しずつ形を変えながら広まり、やがて一般女性の間にも浸透していったそうです。

■髪型を知ると、花魁体験はもっと深まる
勝山髷や伊達兵庫髷は、花魁や遊女という特別な存在の中で生まれ、やがて一般女性の装いへと受け継がれていった髪型です。
髪型の変遷を知ることで、花魁の美しさが一時の流行ではなく、日本女性の美意識そのものに影響を与えてきた存在 であったことが、より深く感じられるのではないでしょうか。