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京都五花街

宮川町

舞妓さんや芸妓さんが働かれている花街。
上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町と
京都には五つの花街があります。

舞妓さんや芸妓さんが働かれている花街。
上七軒、祇園甲部、祇園東、先斗町、宮川町と
京都には五つの花街があります。

上七軒、祇園甲部、祇園東

・上七軒
15世紀中頃に、北野社(現在の北野天満宮)の一部が焼失し、その修造の際に残った用材で七軒のお茶屋を建て、七軒茶屋と称したことから始まった。一方、北野天満宮には古くから巫女がいました。巫女は少女に限られていた為、成熟した女性となると『茶点て女』などになったのが、上七軒の芸妓の由来と言われています。また、上七軒歌舞練場は歴史的風致形成建造物に指定されています。

・祇園甲部
このあたりは、古くから八坂神社の門前町として栄えていました。江戸時代に入ってから、八坂神社や清水寺への参拝客を相手とする『茶屋』が出来始め、そこで働く『茶汲み女』や『茶点て女』が次第に芸能を身につけ、それぞれお茶屋、芸妓へと発展しました。その当時はお茶屋の数が700軒、芸妓、舞妓の数は3000名を超えたそうです。なお、祇園新橋界隈は国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されています。

・祇園東
八坂神社門前の茶屋町としてはじまった祇園町は、明治14年に甲部と乙部に分けられました。その後、祇園東と呼ばれるようになりました。範囲としては、東山区四条通の北側で、花見小路通から東大路通りまでである。昔このあたりには江州膳所藩主本多主膳正六万石の京屋敷があり、その屋敷が取り払われると多くの茶屋が軒を並べ、華やかな花街を形成したと言われています。

先斗町、宮川町

・先斗町
三条通りと四条通りの間、鴨川と高瀬川の間に造成された新河原町通りと呼ばれた新地に始まります。『ぽんと町』という名前の由来は諸説あり、川(皮)と川(皮)の間にあり、ちょうど鼓のようなものなので、その音色から『ポンと丁』、ポルトガル語の『ポント』(点などの意)『ポンテ』(橋の意)がなまったもの、、、など様々です。現在は、飲食店が軒を連ねる華やかな通りとなっています。

・宮川町
鴨川の四条通りより南側を『宮川』と呼んだことから『宮川町』というなど、その名前の由来には諸説あります。芸能の盛んであった四条河原町という地域の特色から歌舞伎との関わりが深く、歌舞伎俳優の屋号の中には、宮川町の宿屋の屋号に由来するものもあるそうだ。なお、現在、宮川町三丁目から六丁目に市街地は、市の歴史的景観保全修景地区に指定されている。